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千葉地方裁判所一宮支部 昭和52年(ワ)15号 判決

原告 上倉義一

右訴訟代理人弁護士 佐藤鋼造

右同 関静夫

被告 一宮宇部コンクリート株式会社

右代表者代表取締役 高原滋之

右訴訟代理人弁護士 諸岡秀治

主文

一、被告は原告に対し、千葉県長生郡長生村一松字道祖神乙一一七四番の一、同一一六七番の二、同一一七三番に所在するコンクリート製造工場及びその敷地における操業によって、原告肩書住所地所在の原告居宅内の中央部において、午前八時から午後六時までは六〇ホン以上、午前六時から午前八時まで及び午後七時から午後一〇時までは五五ホン以上、午後一〇時から翌日午前六時までは五〇ホン以上の音量を侵入させてはならない。

二、被告は原告に対し、金一八六万円及びこれに対する昭和五四年一〇月三一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三、被告は原告に対し、昭和五四年一〇月三一日から前記一項の音量差止に至るまで、一ヵ月金三万円の割合による金員を支払え。

四、原告のその余の請求を棄却する。

五、訴訟費用は被告の負担とする。

六、この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

1  音量限度を「一律五〇ホン」とするほか主文第一項同旨。

2  被告は原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する昭和五二年四月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は原告に対し、昭和五四年九月二〇日から1の音量差止に至るまでの間、一日一万円の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  金員支払部分につき仮執行宣言。

二、被告

原告の請求を全部棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

1  原告は、工務店を経営するものであるが、昭和四六年八月頃家族と一緒に神奈川県相模原市から肩書住所地に移転し、以来そこを住居兼作業所として生活を営んでいる。被告会社は、それ以前から原告住所地の東北側にあたる千葉県長生郡長生村一松字道祖神乙一一七四番の一の土地(以下、地番のみ表示)にコンクリート製造工場を有し、コンクリート製造をしていた。

2  原告住所地と被告工場敷地との間には、木立のならぶ空地があり、被告工場のプラント作動による音響もさほどのものではなく、原告は家族とともに平穏な生活を営んでいたところ、昭和四八年頃被告会社は原告住所地の東側に隣接する一一七三番の土地を第三者から購入し、工場敷地を右一一七三番の土地及び原告敷地に北隣する一一六七番の二の土地まで拡張し、敷地全体をコンクリート敷にし、右一一七三番及び一一六七番の二の土地を土砂、砂利等の置場とした。

3  原告は、被告会社の拡張工事によって騒音の出ることを予想し、被告会社に対し予想される騒音の防止設備をなしたうえで操業するように申入れ、また長生村役場の仲介により原告と被告会社代表者との間に再三の交渉がもたれたが、被告会社はこれらを無視し、何らの防音設備もなさずに拡張工事を進め、同年八月末頃拡張工事を完成し、その頃から操業をはじめるに至った。

4  右拡張された工場は従来の三倍の生産能力を持つもので、砂、砂利等の原材料(骨材)の使用は三倍となり、それらを運搬する車両や材料置場から骨材を集めプラントに投入するショベルカーも大型化し、特に敷地をコンクリート敷にしたため、同敷地を引きずるショベルカーの擦過音が飛躍的に増大した。被告工場の敷地から発する騒音は、プラントから発生する音、ショベルカーにより骨材置場からプラントまで砂利、砂等を運ぶ際ショベルカーがコンクリート敷地を擦過する音、運搬車が砂利、砂等を搬入し骨材置場に落下させる音、ミキサー車を洗車する音等であり、それらの音自体或いはこれらの音が複合するものであるが、特にショベルカーがコンクリート床を擦過する音は強大で、しかも金属性を帯びた不快音であり、通常人の堪え難い騒音である。またミキサー車の洗車は、その内部や外部に付着したセメントを効率良く洗い流すため、エンジンをフル回転させてなし、強大な騒音である。原告居宅内において感ずるこれらの騒音は、長生村公害防止条例による規制基準(昼間六〇ホン)をはるかに上廻っており、しかも、被告は、再三に亘る原告の要請、村役場の勧告を無視して、早朝から深夜に至るまで間断なくこれらの騒音を発生させており、原告方家族は耐え難いほど生活の平穏が乱されている。

5  被告の発する騒音により原告及びその家族は次のような被害を受けている。

(一) 原告の妻昌子は、被告の早朝から深夜に及ぶ騒音のためノイローゼ気味となり、三、四年前から神経姓高血圧に罹り、現在も通院中である。また昌子はあまりの騒音に耐えかねてこれから逃れるため実家に逃避したり、パートに出たりするなどして昼間家を明けざるを得なかったので、電話の応待ができず、原告の仕事に支障を来たし、その結果夫婦喧嘩にまでなる状況に立ち至った。

(二) 原告及びその家族は病気を患っても自宅で安静を保つことができず、病気の回復も思うにまかせぬ状況である。

(三) また電話による通常の通話が不能となり、他に別の電話を新設し生活の用を足している。

(四) 原告は受験を控えた子供をもっているが、子供は騒音のため自宅で勉強することができず、原告の妻の実家に部屋を借りてそこで勉強せざるを得ず、原告は親として見るに忍びない思いで生活している。

(五) 騒音と砂塵のため、原告方では夏でも窓を開けることが出来ず、全ての部屋にクーラーを取り付けることも不可能で、その苦しみは想像を絶する。

(六) 騒音のため原告一家の団欒は破壊され、情緒不安定に陥り、互いにとげとげしい高ぶった感情で毎日を過している。

6  被告会社の工場敷地から発せられる右の騒音は原告の受忍限度をはるかに越えており、右の騒音は原告の身心に加えられる不法行為というべきである。よって原告は被告会社に対し原告居宅内の中央部において五〇ホン以上の音量が侵入しないことを求めるとともに(なお、原告の請求の趣旨は「被告工場から発生する音量が原告居宅内の中央部に五〇ホン以上流入しないよう防音施設をせよ」というにあるが、給付の訴において請求する給付の内容は、これを認容した判決に基き執行機関において特別の解釈を要することなく法規に従い直ちに執行しうる程度に特定することを要するものであるところ、原告の請求の趣旨及び原因は、何ら具体的な給付の態様、方法等を特定することなく、仮にこれを認容した判決に基き執行機関が執行に着手すべき場合に何らの疑問を残さず執行することができないことが予想され、このような請求はそれ自体一定性を欠き失当というべきであるが、本訴のような騒音訴訟において原告が請求するものは結局一定限度以上の音量を自己居宅内に侵入しないことを求めることにあるものと理解されるので、原告の請求の趣旨及び原因をそのような理解のもとに取りあげることとした)、拡張後の新工場による操業開始時である昭和四八年八月末頃から本件口頭弁論終結の日である昭和五四年九月二〇日頃までの原告の精神的苦痛に対する慰藉料として金四〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五二年四月一〇日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに昭和五四年九月二〇日から右音量差止をなすまでの間、一日一万円の割合による慰藉料の支払いを求める。

二、被告の答弁

1  請求原因1の事実は認める。同2の事実中、昭和四八年頃被告会社が工場敷地全体をコンクリート敷にしたことは認めるが、その余の事実は不知または否認する。被告会社は工場設立時である昭和四六年五月頃から一一七三番の土地を骨材置場として使用していた。同3、4、5の事実は否認する。同6の主張は争う。

2(一)  被告会社は、昭和四六年五月頃地元建設業界の要望に答えるべく本工場を開設し、コンクリートの製造販売を業として現在に至っている。被告会社は、プラント工場から生ずる不可避的な騒音を考慮して工場用地の選定には十分留意し、農地と山林に囲繞され近くに民家の殆んどない本件土地上に工場を建設し、前記年月頃コンクリート生産の操業を開始し、生産量も次第に増加して行った。原告は被告会社の工場操業を知りながら工場の隣接地に居住するようになったものである。

(二) 被告会社は、昭和四九年四月頃通産省の指導に基いて被告工場が日本工業規格表示許可工場(JIS工場)となるため拡張改良工事をなした。即ち、従来砂利・砂等(骨材)置場は、囲いもない砂地のままの状態であったものが、床をコンクリート打ちにし、周囲もコンクリート擁壁とし、製品に異種物が混入しないようにした。昭和五〇年九月四日被告工場はJIS規格に合格し、通産大臣の許可を受けた。右拡張改良工事後もプラントから発生する音や自動車の出入等の音は従前と殆んど変らず、また音量も基準以下の低い音であるが、拡張改良工事後は骨材置場の床をコンクリート打ちとしたため、骨材の運搬方法は従来と変らないにもかかわらず、ショベルカーで骨材を持ち上げる際、ショベルと床との摩擦音が生ずるようになった。しかし骨材置場が新たに原告方敷地と隣接するようになったのではなく、従前から隣接していた。この摩擦音はショベルカーで骨材を持ち上げる際に発生する断続的なものであり、原告主張のように早朝から深夜まで頻繁に生ずるものではない。被告工場の操業は午前八時から午後五時までであり(日曜は休業)、ショベルカーも平常動いているのは一台だけである。右一台のショベルカーが頻繁に動くのは一日のうちせいぜい三時間程度であり、被告会社は、原告らの迷惑を考え、家族生活に比較的影響が少ないと思われる午前九時頃から一〇時頃までの一時間位と午後一時頃から三時頃までの二時間位の間に集中させ、その余の時間帯におけるショべルカーの運転は極くまばらである。被告工場からの発生音のうち、ショベルカーの摩擦音以外の音は基準内の音で問題とするには足りず、右摩擦音のみが若干(ピーク時で一〇ホン位)基準を越えているものの、それは主として昼間のことで、しかも断続的なものであり、通常受忍限度内のものであると思料される。

(三) 被告会社は原告の申入に対し誠心誠意をもって話合いに応じて来た。長生村役場を介しての五回に及ぶ話合いの結果、一応の一致点に達し、役場において覚書を作成し、第六回の協議会で調印するはずであったが、原告が金銭補償問題を新たに提起し、そのため調印に至らなかった。しかしながら被告会社は右協議での決定事項は積極的にこれを遵守して来た。即ち、原告宅の北側被告会社所有地に六メートルの、東側披告会社所有地に五〇センチないし一メートルの緩衝地帯を設け、更に高さ二メートルのコンクリート防音壁を設置した。右防音壁は、原告との話合いにおいて、被告が防音面でより効果的であると考え、高さ三・五メートルのものを設置するように提案したが、原告から高さ二メートルにとどめるようにとの申入を受け、それに従ったものである。

第三、証拠《省略》

理由

一、原告及びその家族が肩書住所地である千葉県長生郡長生村一松字道祖神乙一一六九番地の一に居住し、被告会社がその東側に隣接する同一一七三番、その北側に隣接する同一一七四番の一、同一一六七番の二の各土地を工場敷地としてコンクリート製造業を営んでいることは当事者間に争いがない(右各土地の位置関係は別紙第一図のとおりである)。

二、《証拠省略》を総合すれば、次のとおり認めることができ、これに反する証拠はない。

1  原告は、昭和四六年五月頃現在の住居地である同一一六九番地の一の土地(当時の地番同一七五九番、その後土地改良法による換地処分により地番訂正)を購入して住宅を建築し、同年九月頃妻昌子、長男良之ほか娘一人とともに神奈川県相模原市から移転居住するようになった。

2  被告会社は、昭和四六年五月頃コンクリート製造を業とする旧商号高原商事株式会社として設立され、昭和四九年一〇月頃現商号に変更したものであるが、昭和四六年五月から六月にかけて前記原告土地の東側に隣接する同一一七三番及びその北側の同一一七四番の一の土地を、その後原告土地の北側に隣接する同一一六七番の二の土地を購入し、現に右三筆の土地を工場用地として使用し、コンクリート製造業を営んでいる。

3  原告が移転居住して来た当時、被告会社の工場は同一一七四番の一の土地の西側国道寄りに建てられ、コンクリート製造の材料である土砂、砂利等(以下骨材という)は右土地と東に隣接する一一六七番の二の土地の境付近に置かれ、同一一七三番の土地は、原告土地との境付近に塀代りの杉の木が植栽され、その内側は小さな松の木がまばらに植えられているような雑地であり、ほとんど利用されていない状況であったが、その後まもなく被告会社は同一一七三番の一の土地を骨材置場として使用するようになり、右土地の囲いをしないまま骨材を山積にして置くことが多かったことから、それらの骨材が原告宅地に流入し、或いは砂塵となって舞い上るなどしたため、原告は被告会社に対し直接或いは長生村役場を通じて抗議するなどした。また、当時被告会社の工場排水の処理が不完全なことから、被告会社は長生村役場から注意を受けていた。

4  昭和四九年春頃被告会社は経営の合理化と品質の向上化(日本工業規格JIS認可を得るため)及び砂塵問題、排水問題等の解決をはかるため、工場の拡張と整備を計画し、隣接する同一一六七番の二の土地を購入し、主として同一一七四番の一と同一一六七番の二の土地にまたがって従来の工場の数倍もの生産能力を持つ新工場建設の認可申請を長生村役場になし、隣接する原告に対し認可申請のための同意を求めたが、原告の同意を得られないまま、役場の認可を得て新工場の建設に着手し、同年八月下旬頃完成し、同年九月初め頃から新工場での操業を開始した。被告会社は、新工場の建設を機として同工場の敷地即ち同一一七四番の一、一一六七番の二、一一七三番の土地全部をコンクリート舗装し、一一七三番の一の土地の西側、原告土地に隣接する部分及び一一六七番の二の土地の南側、原告土地に隣接する部分に骨材置場を設け、ここからショベルカーで骨材をすくい上げ、これをプラント本体とベルトコンベアーで結ばれた受材ホッパーまで運搬して投入するという方法をとるようになった。それらの位置関係は別紙第二図のとおりである。右のような工場の拡張整備の結果、それまでは工場の規模が比較的小さく、かつ原告土地から離れており、また工場敷地がコンクリート敷でなかったため、さほど問題にならなかった騒音問題が新たに発生するに至った。

三、《証拠省略》を総合すれば、現在被告会社の操業に伴って発生する音は、主として、①工場プラント本体から発生する音、②外部から骨材を運搬して来た車が骨材を置場に投下搬入する音、③空のショベルカーが骨材置場から骨材を運び上げる際コンクリート床及び骨材を擦過する音、④ショベルカーが骨材を骨材置場から受材ホッパーまで運搬する際のエンジン音、きしみ音、⑤製品であるコンクリートを受註先に配達し終って工場に帰った際の洗車音であること、右の各作業の際に発する音の程度は、昭和五〇年二月一日及び同月六日の測定結果によれば、原告敷地内において、①の音は約五五ホンから六〇ホン程度、③の音は約七〇ホンから七五ホン程度、④の音は約六五ホンから七〇ホン程度、⑤の音は約七二ホン程度であり、同年七月三一日測定の結果では、原告宅二階北側窓付近(境界から約五メートル、高さ約三メートル)において、①の音は約五九ホンから六〇ホン程度、③の音は約七八ホン程度、④の音は約六三ホンから七〇ホン程度、⑤の音は約七二ホン程度、であり、昭和五二年五月一日及び同月二三日の測定結果では、前同場所において、①の音は約五六ホン程度、③の音は約七六ホンから八二ホン程度、④の音は約六四ホン程度であり、昭和五二年九月一日当裁判所の検証時における測定結果では、境界から約六メートル離れた原告方東側庭先において、③の最高音は約七五ホン、原告方家屋二階六畳間において、③の窓を開けた最高音は約七六ホン、窓を閉めたときの最高音は約六三ホンであること、これらの音の質は、①の音は「ブーン」という継続的な比較的刺激の少ない音であるが、③の音は断続的に「ガラガラ、ドシーン」をくり返す衝撃的かつ金属的な不協和音であり、また④の音は「ガー、ガー」というエンジン音ときしみ音であり、決して快適な部類の音ではないこと、②の音についてはその程度及び質について特別に測定または検証した結果はないが、その性質上③の音と大差はないものと考えられること、⑤の音はコンクリートミキサー車のエンジンを回転させたうえ、その内部外部に付着したコンクリートを洗い流す音であるため、その程度も大きく(昭和五〇年七月三一日測定結果では約七二ホン)、また決して快適な部類の音ではないことが認められ、これに反する証拠はない。

四、《証拠省略》を総合すれば、被告会社の操業時間は原則として午前八時から午後五時までであり、原則としてこの時間帯に工場のプラント本体が作動しているが、時には操業時間が午前六時頃から始まり午後八時すぎ頃まで及ぶことがあること、ショベルカーが作動するのはプラント本体が作動している間に限られるが、外部からの車による骨材搬入は、通常プラント本体の作動開始に先立ち、屡々午前五時頃からのこともあること、コンクリートミキサー車の洗車は、通常工場終業後外部に製品を運搬配達して帰ってからになるため、屡々午後八時ないし午後一〇時すぎ頃まで及ぶことがあり、その洗車に要する時間は一台約二〇分ないし三〇分であり、被告会社保有のミキサー車一二台の洗車に要する時間はかなりの長時間になることが認められ、《証拠省略》中、右に反する部分は信用することができず、他にこれに反する証拠はない。

五、《証拠省略》によれば、被告会社が新工場を建設し、原告との間で騒音問題が発生してから、長生村役場の仲介で原告と被告会社代表者との間で数回に亘り話合いがもたれ、その過程において、被告会社は原告敷地との境界付近の自己土地内に或る程度の緩衝距離を置いたうえ、高さ二メートルのコンクリート塀を設置し、また従来一一六七番の二の土地の南側寄り(原告の土地寄り)に設置してあった骨材置場の一部を同土地の反対側(北側)に移動するなど、一応誠意のある態度を取ったが、防音上はほとんど効果がなく、現在に及んでいることが認められ、これに反する証拠はない。

六、《証拠省略》によれば、原告とその家族は昭和四六年八月頃特に長女の喘息治療のための転地療養を兼ねて温暖な地ということで現住所地に転居し、一応平穏無事な生活を送っていたところ、被告会社の新工場建設を機として同工場の操業に伴う前記音量が前記操業時間中、先に認定の程度で原告居宅内に流入し、原告及びその家族は心理的にも生理的にも甚だしい苦痛を覚え、それ以前において原告が享受していた住居の平穏は著しくそこなわれるに至っていることが認められ、これに反する証拠はない。

七、長生村公害防止条例が原告住所地周辺における騒音の規制基準として、午前八時から午後七時までは六〇ホン、午前六時から年前八時まで及び午後七時から午後一〇時までは五五ホン、午後一〇時から翌日の午前六時までは五〇ホンと定めていることに加え、先に認定した音の種類、音の量、音を発する時間帯、原告が現住所に居住するに至った時期、被告会社の工場建設の時期、経過等を総合検討すれば、被告工場の操業に伴って発する騒音が原告の受忍限度を越えることは明らかである。

八、以上のとおり、被告会社の新工場で操業が開始された昭和四九年九月初めから現在に至るまで被告工場の操業に伴って発生する音量が原告の受忍すべき限度を越えて原告の生活を継続的に妨害していることは明らかであり、このような被告工場による生活妨害が将来とも継続するであろうことも十分推測できることであり、このような受忍限度を越えた生活妨害が継続することにより原告が過去において多大の精神的苦痛を味わい、将来、被告会社がその操業に伴う流出音量を原告の受忍限度までに止めるまでは、今後とも苦痛を味わい続けるであろうことも十分推測できることである。そして右の精神的苦痛に対する慰藉料としては、先に認定した一切の事情を総合し、一ヵ月金三万円の割合をもって相当と考える。よって原告の被告会社に対する慰藉料請求部分については、被告会社が新工場による操業を開始した昭和四九年九月一日から本件口頭弁論終結の日である昭和五四年一〇月三〇日までの六二ヵ月分として合計金一八六万円及びこれに対する同年一〇月三一日(全不法行為の後の日)から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金、並びに同年一〇月三一日から被告会社において被告工場の流出する音量が原告の受忍限度を越えないようにするまでの間は一ヵ月金三万円の割合による慰藉料の支払いを求める限度で認容すべきものである。

九、本件におけるような違法な生活妨害が継続するという場合、既に発生した損害、将来発生するであろう損害を加害者に賠償させること以上に、継続的な損害をもたらす違法な生活妨害そのものを違法な限度、すなわち受忍限度を越えた限度で停止させることが被害者の救済として重要である。被害者の有した快適で円満な生活を享受すべき利益、即ち生活享受権とも称すべきものが受忍限度を越えて違法に侵されたときは、そのような違法な生活妨害を受忍限度にまで差止めるべきことを加害者に要求できるところの権利が生活享受権から派生するというべきである。本件において被告工場の操業に伴う音量について原告の受忍すべき限度は、前記認定の諸事情を総合し、原告居宅中央部において午前八時から午後七時までは六〇ホン、午前六時から午前八時まで及び午後七時から午後一〇時までは五五ホン、午後一〇時から翌日の午前六時までは五〇ホンを以て相当と考えられるから、原告の被告会社に対する音量差止請求については、原告の請求を右の限度で認容することとする。

一〇、原告の被告に対する本訴請求を右七、八の限度で認容することとし、その余の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 青木昌隆)

〈以下省略〉

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